タイムカード開示義務(大阪地判H22.7.15)
久々の更新です。
残業代支払い請求事件などで、労働者から請求をしようにも、労働時間を証明する資料等をすべて会社が保管し、こちらに開示されないために請求が困難な場合があります。
以下の裁判例は、そのようなケースにとって雇用者・被用者の実質的不平等を解消する意義があり、またそのようなケースを未然に防ぐ効果があるものとしても意義があると思いますので、紹介してみようと思いました。
「使用者は,労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として,信義則上,労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく,労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のないかぎり,保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負う」
「正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり,特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶したりする行為は,違法性を有し不法行為を構成する」(大阪地判平成22年7月15日)。
なお上記の点以外にも本件では、解雇について、職場の扱いに耐えかねた労働者が解雇予告期間中に出勤をしなかったようですが、「労働者が退職する意思を有していたからといって使用者の違法行為が適法になるわけではない」とし、違法解雇としての慰謝料も認容しています(30万円)。
(判例評釈としては、労働判例1014号35頁があります)
というわけで以下、一部引用しご紹介します。(※読みやすくするため一部加工してあります)
<被告によるタイムカードの取り上げ等について>
証拠(〈証拠・人証略〉,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,
①平成21年3月10日,被告は何の説明もないまま原告のタイムカードをタイムレコーダーから抜き取り,原告がタイムカードを打刻することができない状態にしたこと,
②その後原告は同月15日までタイムカードを打刻することができなかったこと,
③原告は,同月28日,被告に対してタイムカードの開示を要求したが,被告はこれに応じなかったこと,④原告は,同年1月19日から同年2月28日までの期間分のタイムカードの写しを所持していたため,これをもとに同期間分の割増賃金等を請求する形で同年4月20日,本訴を提起したこと,
④同年6月18日の本件第1回口頭弁論期日において,被告は,同年3月16日から同月27日までのタイムカードについて証拠として提出し,原告はこれに基づき割増賃金について再計算を行い,主張を補正したこと,
⑤被告は,同月1日から同月15日までの期間のタイムカードについては紛失した等として口頭弁論終結に至るまで開示しなかったこと,
⑥ただし,被告は,同期間のタイムカード打刻時刻については原告の主張する時刻を争わなかったこと
が認められる。
労基法は,労働時間について罰則による厳格な規制下を(ママ)置くとともに(同法32条以下,同法119条),使用者みずからが労働時間の把握をすべきものとし(労基法108条,同法施行規則54条1項参照),さらに,使用者に対して賃金その他労働関係に関する重要な書類についての保存義務を課している(労基法109条)。
このように,労基法上,使用者が労働時間の把握をすべきものとされ,使用者に賃金その他労働関係に関する重要な書類についての保存義務を課しているのは,
労働者保護の観点から,労働時間についての規制を実効あらしめるとともに,仮に労働時間について契約当事者間で紛議が生じた場合には,これを使用者が作成し,保管している労働関係に関する書類によって明らかにし,労働者と使用者との間の労働条件や割増賃金等に関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解するのが相当である。
このような労基法の趣旨に加えて,
一般に労働者は,労働時間を正確に把握できない場合には,発生している割増賃金の支払を求めることができず,大きな不利益を被る可能性があるのに対して,
使用者がタイムカード等の機械的手段によって労働時間管理をしている場合には,使用者において労働時間に関するデータを蓄積,保存することや,保存しているタイムカード等に基づいて労働時間に関するデータを開示することは容易であり,使用者に特段の負担は生じないことにかんがみると,
使用者は,労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として,信義則上,労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく,労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負うものと解すベきである。
そして,使用者がこの義務に違反して,タイムカード等の機械的手段によって労働時間の管理をしているのに,正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり,特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである。
本件においては,上記認定のとおり,被告は,同月10日,原告のタイムカードを取り上げ,同月15日までの間,原告がタイムカードを打刻できないようにしたものであるが,本件全証拠によっても被告のかかる措置に正当な理由があったと認めることはできない。また,本件全証拠によっても,被告が同月28日にタイムカードの開示を求められた際にこれを拒み得る特段の事情があったと認めることもできない。
原告は,タイムカードの打刻ができなかった期間については,客観的データのないまま割増賃金請求をせざるを得なかったこと,原告は所持していた一部のデータをもとに一部の期間の割増賃金の請求を行う形で本訴を提起したものの,本訴提起後に被告からタイムカードの開示を受けるまでは請求内容を確定させることができなかったことからすれば,本件における被告による上記のタイムカード取り上げ行為及びタイムカード開示拒絶行為により,原告は一定の精神的苦痛を受けたと認められる。この精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は10万円をもって相当と認める。
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