最判H20・4・25(刑事精神鑑定について)
刑事裁判の精神鑑定につき、4月25日に、以下の最高裁判決が出ています。
とくに鑑定人の判断の尊重、という点につき、今後の事例への影響もあると思われるので、紹介しておきます。
(判決趣旨まとめ)
1 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度等について,専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである。
2 統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた傷害致死の行為について,被告人が正常な判断能力を備えていたとうかがわせる多くの事情があるからといって,そのことのみによって心神喪失ではなく心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例
(判決抜粋引用:適宜読みやすくするために段落替えなどを行っています。)
1 坂口鑑定(=一審鑑定※松原注)及び深津鑑定(=二審鑑定※松原注)の評価について
(1) 被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)。
しかしながら,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。
(2) この観点から坂口鑑定及び深津鑑定を見ると,両医師とも,いずれもその学識,経歴,業績に照らし,精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えていることはもとより,両鑑定において採用されている諸検査を含む診察方法や前提資料の検討も相当なもので,結論を導く過程にも,重大な破たん,遺脱,欠落は見当たらない。
また,両鑑定が依拠する精神医学的知見も,格別特異なものとは解されない。そして両者は,本件行為が統合失調症の幻覚妄想状態に支配され,あるいは,それに駆動されたものであり,他方で正常な社会生活を営み得る能力を備えていたとしても,それは「二重見当識」等として説明が可能な現象であって,本件行為につき,被告人が事物の理非善悪を弁識する能力及びこの弁識に従って行動する能力を備えていたことを意味しないという理解において一致している。
このような両鑑定は,いずれも基本的に高い信用性を備えているというべきである。
(3) しかるに,原判決は,両鑑定が,被告人に正常な精神作用の部分があることについて「二重見当識」と説明するだけでこれを十分検討していないとして,その信用性を否定している。しかし,両鑑定は,本件行為が,被告人の正常な精神作用の領域においてではなく,専ら病的な部分において生じ,導かれたものであることから,正常な精神作用が存在していることをとらえて,病的体験に導かれた現実の行為についても弁識能力・制御能力があったと評価することは相当ではないとしているにとどまり,正常な部分の存在をおよそ考慮の対象としていないわけではないし,「二重見当識」により説明されている事柄は,精神医学的に相応の説得力を備えていると評し得るものである。また,原判決は,深津鑑定については,前提事実に誤りがあるとも指摘するが,当たらないものである。
そうすると,以上のような理由から前記(2)のように基本的に信用するに足りる両鑑定を採用できないものとした原判決の証拠評価は,相当なものとはいえない。
2 諸事情による総合判断について
(1) 被告人が犯行当時統合失調症にり患していたからといって,そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく,その責任能力の有無・程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである(最高裁昭和58年(あ)第1761号同59年7月3日第三小法廷決定・刑集38巻8号2783頁)。したがって,これらの諸事情から被告人の本件行為当時の責任能力の有無・程度が認定できるのであれば,原判決の上記証拠評価の誤りは,判決に影響しないということができる。そこで,更にこの観点から検討する。
(2) 信用に値する坂口鑑定及び深津鑑定に関係証拠を総合すれば,本件行為は,かねて統合失調症にり患していた被告人が,平成15年6月24日ころから急性に増悪した同症による幻聴,幻視,作為体験のかなり強い影響下で,少なくともこれに動機づけられて敢行されたものであり,しかも,本件行為時の被告人の状況認識も,被害者がへらへら笑っていたとか,こん倒した被害者についてふざけてたぬき寝入りをしているのだと思ったなどという正常とはいえない,統合失調症に特有の病的色彩を帯びていたものであることに照らすと,本件行為当時,被告人は,病的異常体験のただ中にあったものと認めるのが相当である。
(3) 他方において,原判決が説示するように,本件行為の動機の形成過程は,その契機が幻聴等である点を除けば,了解が可能であると解する余地がある。また,被告人が,本件行為及びその前後の状況について,詳細に記憶しており,その当時の意識はほぼ清明であること,本件行為が犯罪であることも認識し,後に自首していること,その他,被告人がそれなりの社会生活を送り,就労意欲もあったことなど,一般には正常な判断能力を備えていたことをうかがわせる事情も多い。
しかしながら,被告人は,同種の幻聴等が頻繁に現れる中で,しかも訂正が不可能又は極めて困難な妄想に導かれて動機を形成したと見られるのであるから,原判決のように,動機形成等が了解可能であると評価するのは相当ではないというべきである。
また,このような幻覚妄想の影響下で,被告人は,本件行為時,前提事実の認識能力にも問題があったことがうかがわれるのであり,被告人が,本件行為が犯罪であることも認識していたり,記憶を保っていたりしても,これをもって,事理の弁識をなし得る能力を,実質を備えたものとして有していたと直ちに評価できるかは疑問である。
その他,原判決が摘示する被告人の本件前後の生活状況等も,被告人の統合失調症が慢性化した重篤な状態にあるとはいえないと評価する余地をうかがわせるとしても,被告人が,上記(2)のような幻覚妄想状態の下で本件行為に至ったことを踏まえると,過大に評価することはできず,少なくとも「二重見当識」によるとの説明を否定し得るようなものではない。
(4) そうすると,統合失調症の幻覚妄想の強い影響下で行われた本件行為について,原判決の説示する事情があるからといって,そのことのみによって,その行為当時,被告人が事物の理非善悪を弁識する能力又はこの弁識に従って行動する能力を全く欠いていたのではなく,心神耗弱にとどまっていたと認めることは困難であるといわざるを得ない。
3 結論
以上のとおり,本件記録に徴すると,被告人が心神耗弱の状態にあったとして限定責任能力の限度で傷害致死罪の成立を認めた原判決は,被告人の責任能力に関する証拠の評価を誤った違法があり,ひいては事実を誤認したものといわざるを得ない。これが判決に影響することは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
ところで,坂口鑑定及び深津鑑定は,統合失調症にり患した者の病的体験の影響下にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完ないし制御することは不可能であるという理解を前提とするものと解されるが,これと異なる見解の有無,評価等,この問題に関する精神医学的知見の現状は,記録上必ずしも明らかではない。
また,被告人は,本件以前にも,被害者を殴りに行こうとして,交際相手に止められたり,他人に見られていると思って思いとどまったりしているほか,本件行為時にも通行人が来たため更なる攻撃を中止するなどしており,本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情が存するところ,これをも「二重見当識」として説明すべきものなのか,別の観点から評価検討すべき事柄なのかについて,必ずしも明らかにはされていない。
さらに,被告人は本件行為の翌日に自首するなど本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られるが,このことと行為時に強い幻覚妄想状態にあったこととの関係も,坂口鑑定及び深津鑑定において十分に説明されているとは評し難い。本件は,被告人が正常な判断能力を備えていたように見える事情も相当程度存する事案であることにかんがみると,本件行為当時の被告人の責任能力を的確に判断するためには,これらの点について,精神医学的知見も踏まえて更に検討して明らかにすることが相当であるというべきであり,当裁判所において直ちに判決するのに適しているとは認められない。
よって,刑訴法411条1号,3号,413条本文により原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため本件を原裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(以上引用終わり)
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