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2007年8月 7日 (火)

演劇脚本と著作権②

「新宿梁山泊」仮処分事件について、続き(法的検討)です。

1 状況整理

今回の件は、報道によれば、

A 脚本家が、劇団在籍中に執筆した脚本につき、
B 劇団退団時に、「一言言えば上演してもいい」との合意を劇団と脚本家との間で交わしていて、
C その後その合意を解消した(と脚本家は主張)。
D 今回、脚本家の同意なく、上記1の脚本による公演を行おうとした。
という状況のようです。

そして、劇団の主張は報道から推測するに、
E 劇団は、「脚本は脚本家だけで作ったものではなく、稽古の中で劇団員同士で意見を交わしながら変えていって作るものである(から、劇団にも共同著作権がある)」
というものではないかと思います。

2 共同著作権に関する判決例

著作権は誰のものか(執筆者に加えて、ある者が「共同著作権者」になるか)については、「はだしのゲン事件」という有名な事件(東京地判平成14年8月2日:判例時報1816号135ページ、 判例タイムス1129号258ページ)があります。

(判決文:裁判所HPより)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/C88FD7E495B0D45449256C64000DFB48.pdf

この事件は、漫画「はだしのゲン」の講談用脚本化の許諾を得ていた者(Y)の夫(X)が、Yが脚本化できなかったので実際に脚本執筆を行い、それをYが講談用に演じやすい言い回しに修正するなどした、という事案で、
XからYに対する上演差止請求に対して、Yが、著作権はXだけではなくYにもある(「共同著作権」)と主張したものです。

判決では、

「 原告は,昭和63年5月ころ,当時米国留学から一時帰国したとき,本件著作物2(乙2)(講談用各脚本「はだしのゲンパート2」・・・松原注)を単独で執筆して,完成させた(原告が単独で脚本を執筆したことは当事者間に争いがない。)。原告は,本件著作物1(講談用各脚本「はだしのゲンパート1」・・・松原注)と同様に,Nが著作した原作「はだしのゲン」及び「はだしのゲンはピカドンを忘れない」の中から,原爆が投下された時からその後の混乱期のエピソードを選択,再構成して,講談用に脚本化する作業を行った。原告は,本件著作物1を執筆した経験から,講談用の脚本作成に慣れたため,助力を受けずに,講談独特の修羅場調子や五,七調を盛り込んだり,結末部分をNの原作「はだしのゲン」と異なる内容にするなどの創作を加えて,独りで,第1稿を作成した。本件著作物2は,本件著作物1の続編に位置付けられる作品である。
 これに対して,被告は,原告と被告とが話し合って,原作品から4つのエピソードを選択した旨主張するが,これを裏付けるに足りる証拠はない。また,被告は,第1稿の完成後,被告が単独で,第1稿について,講談独特の修羅場調子に変えたり,最終場面を,ゲンと弟の隆太が土手を歩いていくシーンに変更し,未来に希望を与えるような表現にした旨主張し,これに添う陳述記載(乙14)もあるが,この主張を認めるに足りる証拠はない。のみならず,被告が主張するような関与があったとしても,原告が,原作を脚色した創作性の程度に比較すると,被告の関与は,アイデアの提供や上演をする上での工夫にすぎず,それにより,共同で創作したと評価することはできない。

以上認定した事実及び前記1(1)ウ記載の事実を総合すると,本件著作物2は原告が単独で創作したと解するのが相当である。 」 (下線は松原加筆)

とされ、Yの主張は認められませんでした。

なお、「共同著作権」者にあたるか否かの基準について、「私は貝になりたい」事件(東京地判昭和50年3月31日、判例タイムス328号362ページ)が

「ところで、原告は、本件脚本が原告と被告の共同著作物である根拠として、原告から訴外Sに対し、原告が創作した本件原案を口頭で伝達したうえ、右訴外人から東京放送編成局長に対し東京放送においてしかるべき脚本家を選定して本件原案をそのまま採り入れて脚本化するよう伝達することを依頼したところ、被告が本件原案をそのまま採り入れて本件脚本を作成したものであるから、本件脚本は原告と被告の共同著作物である旨主張する。しかしながら、仮に右の事実がそのまま認められたところで、それは原告が本件原案を創作したというにとどまり、その事実だけからは、原告と被告が本件脚本自体について共同して創作に関与したということにはなら」ない、

と判示(下線は松原加筆)しているのも、今回の事件を考える際には参考になるので、機会があればご参照下さい。

3 「劇団員の」著作権についての判決例

また、劇団員が脚本完成過程に関与したケースとして、「音楽座」事件(東京地判平成16年3月19日、判例タイムス1186号284ページ)があります。

この判決では、

著作者について著作権法14条によってポスター・パンフレット・脚本に「著作者」として記載されている乙川氏がA作品の著作者であると推定されるとした上で、その推定が覆えりうるかの検討をし、そのうえで

「これに対し、被告乙川及びC以外の劇団員は、①被告乙川ないしCから提出された初稿に基づいて秘密稽古をする際に、一部の場合に、シーン設定のみが記載され、台詞が記載されていない部分について、被告乙川のシーン設定を基に、エチュードで台詞を考え、②台詞が記載されている部分について、より自然な言い回しやより面白い言い回しを考えて、演出担当者の前で演技をする際に自らの考えた言い回しを用いることがあり、③秘密系こそ際に限らず、稽古の際に、台詞や言い回し等についてよいアイディアを思いついた際には、これを提案し、④被告乙川ないしCが、脚本の特定の場面において、出演者にアドリブを行うよう指定した場面については、被告乙川作成の脚本の設定の範囲内で、自由な演技、特技を披露し、⑤A13(脚本・・・松原注)については、F及びQが、被告乙川の作成した脚本の一部分について、原稿を作成した。そして、①ないし④については、被告乙川ないしCを含む他の劇団員に評価された場合には、劇団員の当該アイディアに沿って脚本が補充、修正された。また、⑤については、最終的には、被告乙川が了承することによって、脚本に加えられた。

上記によれば、被告乙川ないしCを除く劇団員の、脚本作成への関与は、演出的なアイディアの提供ないし被告乙川又はCによる作成過程における補助的な作業をするものに過ぎないものであるから、被告乙川ないしCを除く劇団員をA作品の著作者ということは出来ない。 」 (下線は松原加筆)

とされ、やはり執筆者以外の劇団員を著作者という(著作権法14条による上記推定を覆す)ことは出来ない、としています。

4 上記各判決例と本件との関係(結論)と、今後の実質的争点(予想)について

以上の判決例が示す基準からすれば、脚本の執筆について当初の机の前の段階から文字通りの「共同執筆作業」がないと、「共同著作権」の認定は難しいと思われます。

そして今回の件については、あとは、①脚本利用許諾の有無②旧所属劇団による利用を拒否することが権利濫用に当たらないか、ということが争点として考えられます。立法的にも、とくに②の点は今後の考慮に値するものでしょう。

5 最後に・・・

ここからは、一演劇ファンとしての希望です。

「脚本」は、観る者にとっては、執筆・上演当時の劇団を離れてはなかなか考えられません。今回の差止申立は経緯を見る限り申立人の立場からはやむをえないように思いますが(和解しなければ、上演差止となった可能性は十分あるように思います。)、この点で、新宿梁山泊での上演が出来ないことは、大変残念です。
そして、今回の仮処分事件は、一度脚本家によって息を吹き込まれ、そして観客にとっては「一人で歩き出している」脚本の輝きを失わせかねないという意味で、とても残念な事態です。
演劇はなぜ輝くのかをあらためて考えていただくこと、そして演劇にとって大事な要素である「観客」を置き去りとしない解決となることを、ファンとして、強く望んでいます。

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