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2007年6月 6日 (水)

「パッチギ!LOVE&PEACE」

先日、午後の予定が急にぽっかりあいたので、映画「パッチギ! LOVE&PEACE」(井筒和幸監督)を見てきました。

この映画、映画評では、評価がはっきり分かれています。説明調でくどいとか、さまざまなテーマを盛り込みすぎて消化不良になっているとか、もっといえば在日プロパガンダ映画であるとか。映画評論家はしたり顔でけっこう酷評しています。

さて、

私は、映画館で、泣いてしまいました。やたらに泣く人間ではないのですが。
確かに、映画として「品のいい構成」ではないと思います。「芸術的完成度」は低いかもしれない。「そもそも在日とは~!」みたいな説明調、説教調です。ラストも、もう少し作りようがあったようにも思います。でも映画全体を通して、映画人として一番大切なものがそこにはあって、ガーッと、わけのわからない巨大なパワーで訴えてくるものが、この映画にはあったのです。

したり顔の映画評論家だけではなく、今の社会の一部には、在日コリアンのことを、したり顔で解説し、非難する一群があります。そのような方々を見ていると、もの悲しさを感じます。それらしいコトバをカラカラともてあそぶばかりで、他人の心中の、この世の中で起きている事象の、リアルな想像ができていない。在日コリアンだって人間で、「日本人」と同じようにいい点や悪い点があり、親がいて、子どもがいて、わがままで、悩んで、喜んで、生きているのです。いろいろなものが、そこにはうごめいているのです。したり顔で机の上の知識で「解説」や「分析」ができるほど、それぞれの人生は、そこにうごめいているものは、そのうしろにあるものは、浅薄なものではないのです。
そして井筒監督が自分で感じ、想像したそのような「思い」を表現するという点では、この映画はすばらしい作品で、そのすばらしさを思えば、「芸術的完成度」なんてものはクソ食らえ(パッチギ!)なのです。

映画「パッチギ! LOVE&PEACE」HP:
http://www.pacchigi.jp/loveandpeace/

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